自学ノートと言うより「自虐ノート」

家庭教師先の多くの生徒が
自学ノートの提出を義務付けられています。

個人個人がそれぞれ足りないと思う箇所を
それぞれに補うことができるという点において、
自学ノートの理念は優れたものだと思います。

ところが、私個人の意見ですが、
うまく機能しているケースはきわめて少ないように思えます。

その理由ですが以下の2点です。








その2点とは
1)ノートとしてダメな仕上がりである

2)もはやただの“作業”になってしまっている



まず個人的な「いいノートの条件」ですが、
・ポイントが一目でわかる
・自分の弱点を補強するものになっている
・自分なりの“気づき”がメモしてある
の3点だと考えています。

自学ノートの大半が“自虐ノート”になってしまっている理由は
この3点がどれもできていないからです。

そこで1)についてですが、下の画像をご覧ください。
f0252101_14402150.jpg
典型的な“自虐ノート”ですね。

ギッチギチに書いてあって、
しかも計算ミスしたところをその上から赤で書いているので、
もはや何が書いてあるのかわからなくなっています。

余白を作るな」と教師が指示しているから
こんな風になってしまうんでしょうね。

やたら大きな字を書いてスペースを無駄遣いして
「1ページ埋めてきた」というズルい生徒がいるから
こんなしょうもないルールができたものと推測されます。

身の回りによくありがちな、
一部の不届き者のせいでまじめにやっている人が
貧乏くじひかされるパターン」の一つと言えますね。

また「紙の無駄遣い」をなくしたいという意図もあるんでしょう。
結果としてそれが資源の無駄遣いだけでなく
時間や労力の無駄遣いになっているとも気づかないままに。

こんなルールではミスの修正や自分なりの“気づき”を
挿入するスペースなど到底作れません。

分数計算も1行でむりやりやっているので
見づらい上にミスも多くなります。

ある保護者が
1日にやるページを2倍にするので、
2行使ってもよろしいでしょうか?
と担任に相談したところ「ダメです」とピシャリ、
そして泣き寝入り…という話もウェブ等でよく目にします。


次いで2)について。

自分が指導で使うノートには
語句を記号を答える問題ではその語句や記号だけを、
計算問題では途中式を、
それぞれ書くように指示しています。

ところが学校の自学ノートのルールでは「問題文も写せ」と言われたり、
計算問題では逆に「途中式を書くな」という教師もいるそうです。

こうなるともはや何の意味があるのかわかりませんね。
やるべきことをやると怒られ、
やらなくていいことをやるよう強制される。

資源や時間、労力の無駄遣い、
ひいては“人生の無駄遣い”としか思えません。


こんな指示を出す先生が担任でないことを
願うしかないのがもどかしいです。


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by yamazaku199x | 2018-05-29 22:53 | 勉強法